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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和36年(わ)53号 判決 1961年5月22日

被告人 内藤兼雄

昭三・一〇・二二生 屑拾い

主文

被告人を懲役壱年に処する。

本件公訴事実中偽造銀行券行使の点は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三四年二月八日午前一〇時頃、当時間借りしていた蒲郡市三谷町権現三一番地の一竹内正一方において、同人所有の唐金火鉢一個(時価二、〇〇〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)(略)

(前科関係)(略)

(法令の適用)(略)

(無罪部分の理由)

被告人に対する昭和三六年三月二七日附起訴状記載の偽造通貨行使の公訴事実は、「被告人は昭和三四年七月上旬熊井敏介から偽造にかかる日本銀行発行の千円の銀行券一枚を貰い受けていたのを奇貨として同年八月三日午後八時三〇分頃蒲郡市三谷町平口五の四菓子小売商米田よね(七八才)方においてキヤラメル一〇個等を買受けた際右銀行券を真正のものとして代金二四〇円の支払いのため同人に手交してこれを行使したものである」と謂うのであつて、被告人の右所為は刑法第一四八条第二項に該当すると謂うのである。

よつて案ずるに、通貨偽造罪を設けてこれを処罰する目的は偽造通貨の出現による真正通貨の公信力の減少ないし喪失の防止にあり、通貨発行権を有しないものが通貨の外観を有し一般人において容易に真偽を判別し得ない偽造通貨を新たに作出することを禁止し、以つて真正通貨の公信力の阻害ひいては通貨の社会的経済的機能に混乱又は麻痺を来すことのないことを期するものと解すべきである。

右の観点から刑法第一四八条に謂わゆる通貨偽造の「偽造」の意義について考究するに、形式質量等その微細にわたつて真貨と一致する必要はないが、前叙のとおり一般人が容易にその真偽を判別し得ない程度か、少くとも一般人をして一見真貨と誤認させる程度に真貨に相似した外観形状を具備するものを作出することを謂うものと解するのが相当である。

そこで、本件の被告人の使用にかる銀行券類似のもの(昭和三六年押第二二号の一)の外観形状を真正の銀行券のそれと比較検討してみるに、その製作方法は明かでないが、その外見から判断すると写真製版の方法に拠つたものと推測されるものであつて、印刷されている文字並びに模様、肖像等は真正のものに酷似し、その形状寸法も真正のものと殆ど同様である。しかし、その色彩が黒の単色で而も鮮明でないため一般人が通常の状態の下にこれを一見するならば直ちに不審の念を抱き真正のものと相違することを看取し得るものと解されるほか、その用紙も真正のものに比較して厚さが薄く紙質も劣るため感触も異ることが認められるので、前記銀行券類似のものは一般人をして一見真正のものと誤信させる程度の外観を有するものには該らないものと謂わねばならない。

さすれば、本件の銀行券は刑法第一四八条に謂わゆる偽造銀行券に該当しないものと謂うべきであつて、これを行使した被告人の所為は同条の偽造銀行券行使罪を構成しないこととなり、結局本件は被告事件が罪とならないときに該るから、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をしなければならない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 成智寿朗 鈴木照隆 寺本栄一)

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